「疲れすぎて眠れぬ夜のために」の感想 その2

2026年1月6日火曜日

https://www.notyet-maker.com/2025/12/1.html

の続き。


今回も、心に響いた内容を記しておく。


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今の自分のものの見方や考え方を絶対視する人とは、要するに「マッピング」する知的習慣を持っていない人のことです。

「私は私だ」「オレにはオレのやり方があるんだ」という言い方をよく耳にしますが、こういうことを言う人はあまり頭がよくないと判じて構いません。

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身体的な感知能力の高い人というのは、たとえば、町の中を歩いてるときでも、すぐ分かります。

人にぶつからないで、ほんとうにうまく歩いていますから。

前から来る人の何秒後かの動きを予測しながら歩いています。

視野が狭い人は、自分のすぐ前しか見てないので、すぐに肩がぶつかったりしますね。

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資本主義にとってベストの戦略は「一つのできるだけ狭いニッチにできるだけ多くの個体を押し込む」ことです。

それが今の日本の姿です。

そして、ぼくはこれはシステムにとって危険な状態である、と申し上げているのです。

 「らしさ」の制度性が批判されたとき、それは「生き方のオプションの多様化」をめざすものでした。

個人の自由を尊重したのです。

しかし、皮肉なことに、その努力の結果、ぼくたちは「生き方のオプションの多様化」ではなく、まるっきりその逆の「生き方の単線化」というべき事態に立ち至りました。

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「ごめんね。さっきのナシね」という言葉を日本人はもっともっと口にすべきであり、そう告げる人の知的誠実と勇気に適切なる評価を与えるべきだと私は思う。

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読了し、総じて、この本が言いたいことは、

既成概念の思い込みのせいで、疲れて眠れなくなっている人がいる、

ということなのかな?と思った。



なお、本では無いが、

https://note.com/penguin_wo/n/n7235feaa4158

の言葉は、本当に良いと思った。

自分もそうなので。


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とにかく闘うしかないですね。


ろくでもないシステムに対しては、「ろくでもない」ときちんと言う。

間違っていることに関しては、「間違っている」と言う。


「世の中そういうもんだよ」と言われても、「そういうものであっていいはずがない」と言う。もっと世の中というのは、合理的で、道義的でないといけない。

僕はそう思います。


今の日本は本当に合理的ではなく、極めて効率が悪い。

僕は根っからの合理主義者なんで、こういう非合理的なシステムを見ていると、はらわたが煮えくり返るんです。

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そうやって闘うことができたら、既成概念の思い込みから脱することができるんじゃないだろうか。


一回きりの人生、泣き寝入りするより、闘った方が良いと思うなぁ。

闘うのはシンドイけども。



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